あなたは大丈夫?もしかしたら社交不安障害かも

 


 皆さんは社交不安障害というものをご存知ですか?

社交不安障害とは、対人関係で極度に緊張してしまう病気のことです。

自分自身、最初は緊張なんて誰にでもあることだろう!と思っていました。

しかしどうしても緊張しすぎてしまうような気がしました。

話すときにぎこちなくなってしまったり、手足が震えてしまったり。。

 さすがにつらいなと思っていたため病院に受診してみると、社交不安障害であるのではないかということでした。

場合によっては鬱病などの精神疾患などを併発してしまうリスクもあるそうです。

今日は実体験をふまえ、その実態を記事にしていきたいと思います。

皆さんにも思い当たる節があれば、それは社交不安障害の入り口かもしれません。

 

 

目次

1.とにかく緊張しすぎる

2.睡眠に影響を及ぼす

3.気付かぬうちに自己肯定感が下がる

 

 

 

 

 

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1.とにかく緊張しすぎる

 

社交不安障害にとって何といっても痛手となるのはこの「緊張」というもの。

人前に立って何かをしたり、初対面の人と話したり、人生に大きく影響を与えるようなことに挑んだり、(試験や面接など)ありとあらゆるところで人間緊張してしまうのは当然のことです。

むしろ緊張しない人の方が少ないのではないでしょうか?

冒頭でも書きましたが、自分自身も「誰にでもよくあることだろう!」というようにたかをくくっていていました。

 しかし、ちょっとした発表なのにも関わらず手足が震えてしまったり、カラオケに行って友達とうたうだけなのに声や手が震えてしまったり、前に立つと頭が真っ白になってしまって笑いものにされてしまったり、、。

今考えると苦い思い出ばかりです。自分の性格的なところが原因で、このようなことになってしまったという思い込みがあったという現実があります。

「自分はメンタルが弱いから!」とか、「自分は元々引っ込み事案だから!」とか、「自分は恥ずかしがりだから!」といったような自己暗示をかけてしまっていたように思います。

 しかし現実はそうではありませんでした。これは病気の1つの症状だったのです。

 

僕はそれを知って非常に気持ちが楽になりました。治療をすれば治せるのではないか!と考えるようになることができたからです。

 

もし皆さんの中でこのような症状に思い当たる節のある人がいたら、是非疑ってみてください。案外簡単に悩みが解決できるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

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2.睡眠に影響を及ぼす

 

これも大変困るポイントなのですが、意外に気が付きにくいです。

睡眠時間というものは人によって違いますし、寝やすい日、寝にくい日などまばらに存在するというのも一般的なのかもしれません。

また、人の体質によって、何時に眠くなるというのも変わってくるという現実があります。そのため、「自分の体質的にこの時間には眠くならないんだろう」というような考えに陥ることで、気が付きにくいという現実があります。

 

確かに前に比べて、あれ?なんか寝れないなあというようなことが増えたような気がします。特に次の日に何かあって、早く起きなければならないというときは、余計に寝れませんでした。

僕がもっともつらかったのは、そのせいで初バイトに遅刻してしまったことです。

朝方になってようやく眠くなり、気が抜けて眠ってしまいました。そして気が付いたら集合時刻に、、、。

優しかったはずの社員さんに鬼のように怒られましたね(笑)

これではいけないなと思っていたらどうも社交不安障害と関係があったそうです。

 どうも、体質の問題ではなく過度の緊張に原因があったそうです。

今は改善され、ほどよく朝起きれるようになってきました。

 あまりにも寝れないという人がいたら、一度これを疑ってみてもいいのかもしれません。

 

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3.自己肯定感が下がる

 

寝不足になってしまって憂鬱な気持ちになってしまったり、緊張のし過ぎで思うようなパフォーマンスができなくて自己肯定感が無意識のうちに下がってしまうなんてことがあります。これは非常に大きな問題です。

これも性格によるものが原因なのではないかなと勘違いしがちなのですが、睡眠不足や過度の緊張などと、関連性があると言えます。

睡眠時間が短くなると、前頭葉の働きがわるくなってしまうそうです。

前頭葉とは、人間の感情をコントロールしたり、自己判断を正確化させる機能があるそうで、睡眠が不足すると、情緒不安定になったり、自己肯定感が下がってしまったりすることもあるそうで、全く良いこととは言えません。

 

 

いかがでしょうか。三つ具体例を挙げましたが、全てが相互に関与しています。

一見気が付きにくいような些細なことから、最悪の場合うつ病統合失調症といったような精神疾患に陥ってしまうようなリスクもあるそうです。

現在当人は、社交不安障害ということが発覚したので、薬物療法で治療中です。非常に状態も良好になってきていると言えます。

でもこれを放置していたら、精神疾患をもしかしたら発症していた可能性もあるのかなと思うと少し怖いです。

 

 

もしこれを見た方の中にこの症状の疑いのある方がもしいらっしゃったら、調べてみたり、気軽に医師に相談してみることをお勧めします。

 

 

拙いブログではありましたが、ご覧いただきありがとうございました(*^^*)

 

 

 

 

「人生楽しんだもん勝ち!」が危険な理由3選

現在、「人生100年時代」というフレーズが一般化しているように、一昔前と比べ、長い人生をどう過ごしていくかということがより問われていると思う。

若いうちは身を粉にして働き、老後のために尽力しようという日本人の堅実な姿勢は今も昔も変わらない。

 

そんな中で僕がよく耳にするフレーズとして、「人生は楽しんだもん勝ち!」というものがある。

Twitterの他ユーザーがこのように呟いていたり、職場や学校などでたまに耳にしたりすることがあるが、個人的にはやや危険な考えなのではないかと考える。

確かに1度しかない人生だし、楽しむことを目的として大なり小なり試行錯誤して生きていこうという考えは大いに賛同できる。

しかしあくまで何に対してもそれを適用しようとする考えが、障壁をもたらすのではないかという疑念にかられたということである。

その理由も含め3つの理由を挙げながら記事にしていけたらと思う。

 

 


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1.問題解決能力が低下する

 

生きていく中で、大なり小なり、あらゆる問題に直面するというのは言うまでもない。

もしかしたらこれを見ていただいている方の中でも、今その真っ只中であるという方もいるかもしれない。(自分もしばしばある。)

 

しかし、与えられた問題や課題と真摯に向き合い、それを解決しようと努力することにおけるメリットは多い。

 

同じ繰り返しをしない。同じ苦しみを抱えている人の助けになれる。忍耐力がつく。などなどである。

そのような力を身につけるチャンスであると言ってもいいくらいだ。

 

しかし、「くよくよしてても仕方ない!楽しんだもん勝ちだから!」と、与えられた問題を全て放棄したらどうだろうか?

 

同じ失敗を繰り返し、他人のアドバイスをすることができなければ、忍耐力もつかない。

そして個人的に1番問題視しているのが、問題解決ができなくなるという点である。

 

なんでも楽しんだ人が勝ちなんだから、問題を抱えてても仕方ないだろう。という安易な考えによって、問題解決能力がつかなくなってしまっていったら、やがて放棄しきれない問題に直面したときに、潰れてしまうリスクもあるだろう。

自分の身を守るため、問題への免疫をつけるためにも、与えられた難題に真摯に向き合うことは大切である。


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2.人の悩みに向き合うことが下手になる

 

人は多かれ少なかれ、悩みを抱えて生きているだろう。筆者もまたそうであるが、、。

ときには友人や家族など、困難に直面したときは頼りにしたいと思うこともあるだろう。

「Aさんのことで悩んでて、最近元気出ないなぁ。」「どうしたら現状を変えられるかなぁ。」などなど。

 

そんなときに、「人生楽しんだもん勝ちなんだから、気にしてても仕方ないよ!」と軽く流されてしまったら、相談者はどう思うだろうか?

「あいつは相談にのってくれないからダメだ。」と軽く流されるくらいなら、まだ相談者にとってましだ。

 

「そうだなぁ。悩んでいても仕方ないし、考えないようにしよう!」と、なんでも転換してしまうようになることが1番危険だ。

 

確かにどうすることもできない場合もあるが、悩んでることには理由があるのだから、いずれまた同じような悩みが襲ってこないととも限らない。全く根本的な解決になっていないのである。

そしてそのうち、「あの人に相談しても仕方ないよなぁ。」と思われてしまいかねない。

「楽しんだもん勝ち!」という考えを適用させるには、相談した相手側の状況をわきまえる必要があるだろう。

 


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3.自己中心的になりやすい

 

これはかなり大きな死活問題である。他の人が苦しんでいるのを見て、「楽しむことが1番だよ!忘れちゃおうよ!」というアドバイスをすることが、確かに適切な場合もあるが、根本的な解決にならないため、ほとんど役に立たないというのは2で前述したとおりだ。

悩みを親身になって聞くことができなくなるばかりか、段々そのような人を心の中で批判してしまいかねない。

周りに評価されない現実を受け止めることは楽しくないだろう。なのでそう言った現実を打破するために、自分中心の考えになってしまいがちになるリスクもある。

 

 

 

 

身の回りには、楽しむことが全てだから!という人がどこかにいるかもしれない。

人の思想はあくまで自由であり、否定するつもりもない。ただ、リスクが裏にはらんでいるのではないかということをお伝えしたく、このような記事にさせていただいた。

ときには辛いことや大変なこともあるが、それを受け止め真摯に向き合った先に幸せが待ってるのではないかと考えている。

 

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相模原障がい者殺傷事件はどうして起こってしまったのか

こんにちは。

2016年に、神奈川県相模原市の障害者施設「ひめゆり園」の元職員が障がい者19人を殺害したという、前代未聞の事件がおこってしまいました。先日、初公判が行われましたね。

とてもいたたまれない気持ちになったのと同時に、犯人への憎しみが絶えません。

しかしどうしてそのような事件が起こってしまったのでしょうか。

今回はこのようなことが2度と起こらないよう、願いを込めつつ犯人の動向を分析していきたいと思います。

 

犯人が逮捕され、取り調べを受けた際のやりとりが、先日ニュースで取り上げられていました。

警察のどうしてそのような事件を起こしたのか?との問いにたいし、被告は「障がい者は役に立たないのでこの世に必要ないと思った。今の日本に障がい者を支える余裕はない」と答えたそうです。

 

無論、障がい者は役に立たないという自分勝手な理屈で19もの尊い命を奪うということは普通とは思えず、犯人の精神的な要素も当然原因の1つに考えられます。

 

しかし専門家はこれに対し、世の中の生産性を遵守しすぎるあり方が、さらに原因の1つとしてあるのではないかと考えており警鐘を鳴らしています。

 

社会に出たら役に立つか役に立たないか。この2つで切る風潮があまりに一般化しすぎているせいで、窮屈な世の中になってしまっている。

と言います。

 

僕達の多くは、生産性の高い人間が生き残り、評価される世の中が当たり前だと潜在的に思っていますし、特に問題視もしていません。

役に立たない者は雑用に回され、いつまでも出世できない。最悪の場合はクビにされてしまいます。

しかし、それによって皺寄せを感じてしまう存在もあるのだということを考えさせられます。

まさに、障がい者の雇用も問題になっていますし、、。

 

話が少し逸れてしまいましたが、現に犯人は「自分は役に立たない人間である」という自分自身への呪縛に苛まれ、自分を責め、悩み続けた結果「役に立たない人間には価値がない」という思考に至ったと考えられます。

しかしどうでしょうか。

日本は労働生産性へのこだわりが強い割に、世界的に見ても生産性があまり高くないという現実がありますよね。それってなんか損をしているような感じがしますよね。

 

アルバイトをしてても、この人やけに生産性にこだわるけれど、そこまで生産性高くないんじゃないかな?って感じる人っていますよね。笑

意識だけが前に出すぎてしまっていて、質が伴わないという現実もあるように思います。

 

それに加え、役に立つ立たないということが、労働だけの話に帰結するというのはあまりにも無理があります。

障がい者だって頑張って生きているし、頑張って生きる姿が誰かのエネルギーの糧となり、生産性を上げてくれます。

 

それだけで充分人の役に立っているのです。

 

労働生産性が低いから人の役に立たないというのは、どう考えても日本社会が生み出したエゴと言う他ありません。

 

 

あまりに思考が偏った犯人の犯行で考えさせられたこの世のあり方ですが、具体的に労働生産性をあげるなら、もう少し人の心に直接的に働きかけ、モチベーションを上げてくれるようなシステムが増えたらいいなと個人的には思います。

 

そしていつの日か、役に立たないという理由で排除されるような考え方が少しでも減ればいいなとこの事件を通して考えました。

 

 

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浪人生活の1年間で得たこと3選

僕は大学1年生なのですが、1年間の浪人生活を経て大学に入学しました。

「浪人」というとどのようなイメージをお持ちでしょうか?

自分の学歴をより良いものにするために1年間を犠牲にします。

それを良いことと考える人、悪いことと考える人、どちらもいると思うのですが、今回僕が1年間浪人という経験を通して得たと思うことや、成長できたと思っていることを記事にしようと思います。

 

もしこの記事が、迷っている方、コンプレックスを感じている方、辛いと思っている方の支えになることがあるとしたら、非常に幸いです。

 


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①生活を自主的に組み立てる習慣ができる

浪人生は高校生や大学生と違い、自分の時間をほぼ全て自由に使うことができるようになります。

「自由」と言っても遊びの時間があるわけではありません。

あくまで勉強の仕方を自由に組み立てるということなのですが、勉強の時間が1日の大半を占めているため、勉強の時間を組み立てるということは、1日の生活も計画を立てて過ごすということになります。

これは非常に重要なスキルであると考えています。

1年かけた代償として、学力以外にもこのようなスキルを身につけることができ、将来の仕事などにも活かせると考えています。


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②自己分析能力が身につく

個人的な見解ですが、僕が1年間の浪人生活を通して得ることができた最大のメリットであると考えています。

自己分析能力とは、物凄く端的に述べると、自分がどういう人間なのかを理解する能力のことです。

自分は社会的に見てどのような人間なのか。自分の強みは何なのか。何で将来勝負するのか。また、自分の弱点は何なのか。何と向き合っていかなければならないのか。等です。

 

高校3年間を過ごしたあとで浪人し、大学に、入るという経過をたどる人が多いかと思います。

高校3年間はクラスがあり、部活の友達がいて、関わる人間が周りにいます。

関わる人間がいる以上、多かれ少なかれその人達のことを考える時間があるはずなのです。

「あいつあの時どうしてこうしたんだろう。」「あいつのあの発言面白かったな。」「あの子、今日違う髪型してたな」など色々無意識に考えているはずです。

しかし、浪人生活をするとその時間が0になります。

あの人は今頃こういうことしてるのかなーと考えたりはしますが、姿が見えない以上分量には限界があります。

 

自分の場合、周りの人間のことを考えているような時間の大部分が、自分のことを考える時間に置き換わったと言えるような気がしています。

そのため、「自分はどのような人間か」ということについての理解は、他の人に比べ深いのではないかと考えています。

この能力は、就職活動などで力を発揮すると思います。

自分のことを正確に理解している分、職業選択をする上で、正しい道に進みやすくなるのではないでしょうか。



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③孤独に強くなる

そもそも受験は、孤独な戦いだとよく言われたものです。

まず受験勉強自体、自分だけのためにすることですからね。

高校3年生の受験でさえ孤独な戦いと言われるのに、浪人生の孤独さと言ったら想像に堅くないかと思います。

教室のクラスがあるような形式の予備校であればまだ緩和されるところはあるのかもしれませんが、自分は個別相談を週一回するという特殊なタイプの塾でした。

そのため友達ができることはもちろん、話し相手すらいないような状況でした。

正直しんどいと感じることもありました。笑

 

でもでも、1人でしかできないことや、1人の時間でしか得ることができないことも沢山あるということを教えてくれたのも浪人生活です。

 

効率的に自分のペースで物事を勧めるには一人のほうが適しています。

難しい数学の問題を解くときも、頭を使わないといけないので、人と話しながらでは事が運びません。

気分転換や、クールダウンしたいなと思ったときにも1人の方が自由にボーッとしたり、考え事をしたりできます。

 

「孤独に強くなる」ということもそうですが、孤独であることのメリットを知ることもできるということもありますね。

 

浪人生活を送る前は「孤独は悪い事だ!」と思って生きていましたが、今では一人の時間も好きですし、一人でもいいやと考えられるようになったことで、人間関係に非常にゆとりができ、良好な関係を築くことができたことを実感しています。

 

そういう意味では、非常に大きな収穫だったと実感しています。


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とは言えやはり浪人は辛いものです。

浪人しなくて済むのならしないほうが良かったと思うのも事実ではあります。笑

 

けれども、浪人を通してしてきた辛い経験がある分、胸を張って大学生活を送ることができています。

 

 

全ての浪人生に幸あれ!!!!

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ブログのモチベーションが上がった瞬間2つ

ブログのモチベーションとの向き合い方は大切ですよね。

長期的な目標を掲げ、そのために自分なりにどう向き合うべきかとか色々考えてはいるのですが、ずっと維持するのはなかなか大変というのが現実です。

 

そんな中で最近ブログのモチベーションが上がった瞬間が2回ほどありました。

なのでその瞬間をこの記事にてお伝えしたいと思います。


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まず1つ目は金銭的な話です。笑

いきなりそれかよ!と思われた方、申し訳ありません🙇

この前、部活動で隣の県の大学との交流戦があり、その大学にお邪魔しました。

国立大学で皆1人暮らしをしているため、あまりお金がない人が多いという現実があります。

夜、近くの中華料理店に行き、メニューを選ぶことになったのですが「これは高い」「これは安い割に良い」というように、メニューの決め方の基準が完全にお金なんですよね。笑(これに関しては仕方がない部分も大きいかと思いますが)

たかだか600円か900円か。その程度の違いでしかないはずなんですけどね、、。

美味しいかどうかで決められるようになりたい!ってその時に強く思いました。

 


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もう1つは、見ていただいている方の反応です。

最近、ブログにスターを付けてくださる方の数が増えました。

自分は初心者であり、何のノウハウもありませんが、それでもスターを付けていただける心遣いに大変救われており、ありがたいと思っています。

感謝の気持ちをもちつつ、それをブログのモチベーションに変えていこうと思っています。

 

今は大学1年生でとても未熟者なのですが、いつか自分も立派な臨床心理士として、役立つ情報を記事にすることで多くの人を救えたらいいななんて思っています。

 

 

 

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嫌な奴を上手く利用する方法

学校や職場、趣味の集まり等々、どうしても「この人嫌だな」と思う人っていますよね。

ほんとにどうしてなんだろうってくらい。笑

どのコミュニティーに属していても必ずと言っていいほどそのような人がいると思います。

今回は、そのような人がコミュニティーにいたときに上手く対処する自己流の方法を記事にしていきたいと思います。


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「利用」というとあまり良いフレーズではありませんね。

しかし直接的に当事者に何かをさせて得ようという「利用」ではありません。

自分のマインドコントロールの末、結果的に「利用」していることになるという意味で利用という言葉をタイトルに使わせていただきました。

 

どういうことかと言いますと、この人も自分にとって必要な存在なんだ。と考えることです。

自分を不快にしてくる存在なわけですから、当然良いとは思いませんよね。寧ろいないほうがいいと思うかと思います。

 

しかしそれと不要は違います。

 

その人と過ごす時間自体は確かに苦痛かもしれないのですが、そのような人がいるからこそ、本当に優しい人間に感謝することができるのだなと考えるのです。

前の記事でも述べた「絶対評価ができない」という話とも少し通ずる部分があります。

失うことでしか今の幸せに気が付けない理由 - ash1717’s blog

皆が皆自分にとって素晴らしい人で、優しく接してくれることが当たり前だったらどうでしょうか?当たり前なわけですから、当然感謝することはできなくなってしまいますし、内面的に「この人素敵だな」と感じる機会も減ってしまいます。

 

ましてや異性感の交流に関してはそのようなことがあってはシャレになりません!!

皆が皆善人であればイケメンでスタイルが良い人だけに人気が集中してしまい、その他の人は真っ先に取り残されてしまうと思いません!?

そんな現実、僕としてはあってはなりません!(泣)

 

 

逆を言えば、嫌な奴が自分の人間性を評価してくれる人を生み出すきっかけを作ってくれているのです。

 

 

極端なことを言うと、あなたがもし「とても優しい人ですね」とか、「素敵な人ですね」と言われることがあるのだとしたら、それは嫌な奴のお陰だと言っても過言ではないかもしれません。

 

自らが闇になることで、あなたという光の輝きを強調させてくれてるんですよ。

大丈夫。同じコミュニティーの人ならきっとその光に気が付く人がいるはずです。

その人を大事にすることだけを考えればいいのです。

 


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ここで1つ注意です。

あくまでこの考え方は、日常で「こいつ嫌だな」程度の人間と接するときに使えるよという話です。

本当にその人のせいでいつもいつも精神的苦痛を受けているのなら、なんかしらのハラスメントを受けている可能性もありますので、周囲の人に相談するなり環境改善を見込むなり、対策を考えるべきです。

もうそれは「嫌な人」という域を超えていますからね。

 

 

少しでもこの記事が皆様にとって役立てることがあれば、それ以上に幸いなことはありません。

 

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失うことでしか今の幸せに気が付けない理由

人との別れを経験したり、環境が変わったりすると、「今までの自分は幸せだったんだなぁ」とふと考えることはありませんか?

 

しかし毎日の生活でその幸せを実感できることってなかなかないのではないのかな?と思います。

そのせいで後悔が生まれることもありますよね。

「もっとあの時楽しんでおけばよかった」「あの頃の幸せに感謝すべきだった」

というようなものです。

いったいどうして幸せを失った時にしかその幸せに気がつくことができないのでしょうか。

今回はその理由に迫っていきたいと思います!


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1番大きな理由としては、人は絶対評価することができないからであると考えます。

絶対評価です。

どういうことかと言うと、例えば身長180cmの人がいたとします。

その180cmという人を見てどう感じるでしょうか?

多くの人は、「高身長である」と何も考えずに答えると思いますが、その背景には必ず比較対象があります。

もし世界に1人しかいなかったとしたら、180cmはどうですか?と聞かれても、「高身長である」とは答えられないんですよね。

それが、絶対評価できないということです。

 

幸せなのかどうかということも同様の考えに帰結できるのではないでしょうか?

「今あまり幸せでない」という状況に陥ったからこそ、あの頃は幸せだったなぁと感じることができるわけです。

毎日幸せだったら、特に今幸せだなぁなんて感じません。

 

言葉を覚えたての3歳児が、「毎日幸せだなぁ」なんて言ってたら違和感を覚えるのではないでしょうか?

その理由は「過去」という比較対象がないからです。

過去の記憶がないのにも関わらず、今幸せだなぁと感じられるというのはおかしいことですよね。

他人と比較した可能性もなくはありませんが、そのような社会性を3歳で身に着けているのも少し怖いです(笑)

 

当たり前の話ですが、結局のところ過去や他人との比較でしか、幸せかどうかを判断することはできないのです。

 

ではずっと順風満帆にきている人や、昔の幸せを失ったと思っている人が今の幸せを実感できないのかと言われると、そんなこともないのではないかと思います。

それはそれで方法があります。


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それは、未来と比較することです。

 

先のことを想像するのがいいのではないかと思います。

このブログを読まれている方が、学生さんなのか社会人さんなのか、主婦の方なのか老後を楽しまれている方なのかわかりませんが、必ず未来に変化が待っています。

その未来を想像するのです。

良い未来も悪い未来も。

 

良い未来は僕達の原動力になりますから、無意識にどんどん積極的に考えますよね。

しかし悪い未来はどうでしょう。

あまり考えたくないから、スルーしがちなのではないかと思います。

 

ここは賛否が別れる所だとは思うのですが、僕は良い未来も悪い未来も、予め考えるべきなのではないかなと思います。

「今の幸せを大事にしよう!」と考えることができれば、後から後悔することもありません。

昔の幸せに気が付いていなかったな、、。ということも最小限にできるのではないかと思います。

 

特に後から人との別れが伴う場合は、今できることを今のうちにするべきなのではないかなぁと個人的には思いますね。

 

 

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